各自の大学は一つの知識の源泉である。その大学の教授陣の持つ知識の全量がその源泉を成すのである。であるから教授陣を構成する各教授の知性活動がその大学の位置を定めることになる。
教授は「学問の息」であり、その知識探求は東西古今に亘るべきで、殊にその知識の最新性に重点を措き現実と直結することが肝要である。また既成知識に満足せず更に進んで独創性を発揮し所謂「自我作古」の抱負がなくてはならない。
また学外活動に於ては主として活字に依り、大衆の知的レベルを向上せしめるように努力すべきである。デモクラシーは大衆政治であるから大衆が無知であれば勢い馬鹿な政治が出現してくる。大衆教育はデモクラシーの生命である。
以上述べたような考慮からして、我が富士短期大学※の機関紙である「富士論叢」が、こゝに呱々の声をあげたことはまことにご同慶に堪えない次第である。我が大学も大学としての体勢を更に整備し得たのである。「論叢」の創刊について、その編集をされた諸教授は多大の苦心を払われたのであつて、その労力に対しては深く感謝するものである。また、創刊に対し貴重な強力をお与え下された諸寄稿者に対して同様の感謝を表す次第である。希くは我が「論叢」が健全な成長を遂げ、富士の霊峰のように東海の天にその偉容を現すことになることを我学界のために祈るものである。 |